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2011年3月29日 (火)

代替エネルギー

昨年~一昨年、原発の必然性を求めるCM(火力・水力・原子力)をよく見た気がします。

 

特に原子力を正当化するイメージ。

 

「ああ、これは京都会議などで地球温暖化対策のため、国が説得材料として流しているのかな」と思って見ていました。

 

内心「原発だって、制御するのに結構なCo2を出すはずだよな~」と思ったものです。

調べると不要になった核のゴミを管理するのにもかなりのエネルギーとかなりの年数を要するらしいこと。

そのために今作っている以上のエネルギーを消費するという試算も。

(アバウトな表現ですみません。各自調べてください。)

 

以前から思っていたことで、今回の原発事故を受けさらに思いが強くなったこと。

それは、建築をナリワイとして、建築で省エネに少しでも貢献できるよう造っているつもりだけど、さらに必要最低限の電気を生み出す家を造らなくてはいけないと感じています。

 

思いつくのは太陽光・風力発電、太陽熱利用。

当初、気になっていたのは、ライフサイクルコスト。

 

ライフサイクルコストは、モノを造ってから処分するまでの必要エネルギーも含めた利用効率、といえばいいでしょうか。

 

例えば、1のエネルギーで造って、100のエネルギーを生んで、1のエネルギーで処分できるとしたら、効率はよいといえますし、その差が開くほど効率がいいですね。

 

しかし太陽光発電は、あまり効率がよいわけではありません。

環境先進国の北欧で太陽光発電が流行らないのは日照時間と、やはり発電効率の問題。

もちろん風力に問題がないわけではなく、どれも一長一短。

 

北欧諸国では、ゴミ焼却時の廃熱を利用して地域暖房を行っているところも。

温水を水道のように送っているわけです。

もちろん建物も熱を逃がさないようになっているので、可能なのでしょう。

(送湯の間のロスは?という疑問も残りますが、断熱配管など工夫があるのでしょう)

 

 

脱・核&化石燃料エネルギーをしなければならない。

これは事実で急務。

自動車も脱・化石燃料になっていくのでしょう。

でも、電気は何で作るのか?疑問が残ります。

  

もう一つのポイントは、エネルギーをできるだけ必要としない暮らし。

これを提案していかなくてはなりません。

 

昔に戻るのは難しいけれど、やらなくては。

考えるときではなく、もう行動するときがきています。

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