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2009年10月 7日 (水)

猫のしっぽ

以前(ずいぶん前ですが)取り上げた谷崎潤一郎のエッセイ・陰翳礼賛のなかの「客ぎらい」の一節に、猫の描写があり、とても気に入っています。

Photo

「・・(略)・・猫にあゝ云うしっぽがあるのは何の用をなすのか分からない、全くあれは無用の長物のように見える、人間の体にあんな邪魔物が附いていないのは仕合せだ、と云うようなことが書いてあるのを読んだことがあるが、私はそれと反対で、自分にもあゝ云う便利なものがあったならば、と思うことがしばしばである。」

こんな始まりで、

「・・(略)・・猫は飼い主から名前を呼ばれた時、ニャアと啼(な)いて返事をするのが億劫であると、黙って、ちょっと尻尾の端を振って見せるのである。・・(略)・・うつらうつらと日向ぼっこをしている時などに、試みに名前を呼んで見給え、人間ならば、ええうるさい、人が折角好い気持ちにとろとろしかかったところをと、さも大儀そうな生返事をするか、でなければ狸寝入りをするのであるが、猫は必ずその中間の方法を取り、尾を以(もっ)て返事をする。・・」

あんまり引用するとマズいので、この辺にしておきますが、谷崎潤一郎は題名どおり「客ぎらい」で、客といっても挨拶だけだったり、全く用事もないお客が来て時間を割かれてしまうから、困った挙句の結論が猫の尻尾だったわけです。

それをエッセイに書いてしまうところが、いかにも、と言ったところなのでしょうか。

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コメント

あぁら~~前回の記事にコメントしてましたわね?笑
本当~に、猫のように面倒な時は「尻尾ふって・・・・」って、やりたい時もありますね。
貧しい時は貧しいなりに、寒い時は寒いなりに?なんとかなるさ~でしたっけ。
ほの暗い明るさも~好きな私でした。

投稿: きりちゃん | 2009年10月 8日 (木) 20時43分

きり姐さん
前回もコメントいただいてましたね。
尻尾、便利そうですよね。
あれが言葉の代わりになっているのが、また何ともうらやましいというか。

陰翳礼賛、最近いろいろなところで聞くようになりました。

投稿: やまじ | 2009年10月 9日 (金) 09時02分

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